カメラマンみきのプロフィールを公開!

みきプロフィール写真
Pocket

1973年、東京都新宿区生まれ、A型。文京区小石川で3人姉弟の長女として育つ。

手に職をつけたいと思い、先代の父の紹介で入った代官山の写真有賀で修行後、実家のスタジオミナヨに入る。
修行時代に身につけた【小さいこどもさんの笑顔を引き出すこと】【着付けができる】ことが得意だと知る。

 2013年、東京都写真館協会主催の写真コンテストで入賞し、それをきっかけに写真の奥深さを知り、さらに高みを望むようになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今ではたんなる記録としての写真ではなく、その時・その人・そのご家族らしさが伝わるような写真を追求するように。

カメラが携帯で気軽に撮れる時代ですが、誰が撮っても同じ写真では納得いかず。。

「私にしか撮れない表情・瞬間」を探しだし、毎日・毎回気持ちを込めています。

2013年に第1子となる女の子を出産し、子育てしながら毎日あっという間に過ぎるのを感じながら働く日々! 

 

【趣味は旅行と食器集めと筋トレとサーフィン(!)】 

大好きなスタジオm’さんの食器

 

 

 

 

 

DCIM101GOPRO

in  Hawii

こどもと将来一緒にやりたい・・・(^^)

 

 

 

メッセージ

初めまして。2016年8月より店長兼メインカメラマンとなりました西倉美樹と申します。
 私のプロフィールを少しご紹介したくて今回は長々とした文章を書きました。お恥ずかしい話、泣きそうな話、ほっこりする話、など赤裸々に語ってみました。最後までお読みいただいて、今の私を受け入れていただければ嬉しいです。いつも応援ありがとうございます!

 

 

 

 

 

私は「スタジオミナヨだからこそ、撮れる写真があります」をコンセプトに、個人経営の写真館【スタジオミナヨ】の代表兼、メインの女性カメラマンとしてお客様にお会いしてます。

日々の仕事というと、撮影はもちろん、その後のパソコンでの修整。写真の発注。手作業によるアルバム作成。

また、ここ数年ではblogを書いたり、SNSのfacebookやTwitterへの投稿で情報発信。新人スタッフへの研修。お宮参りや七五三で使う着物の撮影前の準備・整理整頓,,
etc。。

月に一度はPGCという若手の写真館経営者が集まった団体の中で、勉強会に行っています。

 

スタジオカメラマンの道へすぐ行かず。

いわゆる「街中の写真屋さん」の長女として生まれ、もとは祖父がフィルムを使ったカメラの写真を焼いてあげるDPE屋さんとしてやっていました。時代が移り変わり、その専門店ができたりコンビニでもできるようになってきて、父はこれではいけないと悟り、「スタジオを作る」ことにしたそうです。

 

両親の仕事は普通に、ごく当たり前の感覚で見てきました。

地元の柳町小学校に通い、区立第三中学校ではバスケ部で汗を流し、高校の途中でバスケ部は辞めて、その後一緒にいることが多くなった女友達がとてもオシャレ(お父様がアパレル会社の社長でした)だったことに影響され、土曜日の放課後は毎週のように原宿・渋谷でショップ巡りをするのが楽しくてしかたなかったのです。

 

 

初めての就職先はアパレル会社

必然的に附属の短大の服飾美術科へ進み、その後サンエーインターナショナルというアパレル会社に勤めました。

当時20歳。プレスに憧れて入ったものの、最初は「BOSCH」というブランドで現場を知るために販売から始めます。派遣された池袋丸井は、ヒマで目標を達成することはなかなか出来ないのが難点でしたが、出会った上司と仲良くなり、楽しく過ごす日々が続きました。

 

異動で川崎の丸井になったころ、池袋時代では味わえなかった、「洋服が毎日売れて、月の目標が達成できて楽しくてしかたない」のが続くと販売の熱が冷めていってしまい、「アルバイトでもできる」と生意気なことを思い、夢だったプレスへの努力を忘れ、実家住まいだった甘えもあり、「手に職をつけたい」という理由で3年でやめることになりました。

 

辞めてからはホテルで配膳のバイトをしながら「手に職をつけたいけど何がいいか」を探し続けました。
 考え抜いて看護士さんの資料請求をやり始めるが、あっさり断念します。

 

 

二つめの就職先は代官山の写真有賀

 

家の仕事も考え始めるようになり、親の縁故で代官山の写真有賀に入社が決まりました。

当時23才。まだフイルムの撮影をしていて、専門知識を全く知らない私は知らない事だらけでつまずいてばかり。

入社して1年目は毎日覚えること多く、ハイクラスなお客様を相手に貴重な接客経験ができました。
これは人生の中でもなかなか無い機会でしたし、メンタル面が強く鍛えられました。

2年目に入ると接客が大変な毎日の中でも2つ得意な分野を見出します。

1つはお客様の子供と打ち解けて仲良くなるのが早いかなと思えるようになって接客が少し楽しくなってきたこと。

2つ目は着物の着付けを習うことができ、それを覚えていくのが楽しくなってきたことです。

(余談ですがこのころ、仕事場の隣の隣にあった美容院に勤めていた主人に出会うことに。)

3年目には一通りいろいろできるようになるものの、人間関係や仕事のハードさについていけずストレスで肌が荒れまくる事が多くなりました。

これから仕事の面白味がわかるというときにまた飽きっぽい性格が災いして、当時プライベートで通っていた補正下着屋さんに社員にならないか、一緒に店を出さないかと誘われ、やはり3年弱で転職することに。

親には当然驚かれました。当時26才。

 

三つ目の就職先は補整下着屋さん

 

そこは楽しい反面、厳しいノルマもある世界だったので精神的に追い詰められることになりました。
お客様も女性、裸の付き合いになるこの世界の接客は思っていたものとはぜんぜん違いました。
自分の接客は結局、自分の意見の押し売りだったのです。

アパレル・写真・下着と全て接客業だったのに、自分がこんなにもこの世界には向いていないのだなと打ちのめされ、思い知らされ毎日悩んでばかり、、、、、

今思えば、接客の奥深さや真の接客を知る、いい機会でした。

 

ただ、クビになったので(!)泣く泣く無職の身・・・心はボロボロになりました。。。。
落ち着くまで実家に頼み込んで家の写真館で着付けから手伝い始めることに落ち着きます。

今なら時間的に余裕もあるのでと、いままで伸ばし伸ばしにしていた結婚式を小さく挙げました。

それからゆっくり自分を落ち着かせ、人生設計をし直します。

仕事も選べる立場ではなくなり、これしか進む道は無いと覚悟を決めて実家の写真館を盛り上げていこうと決断することになりました。

 

四つ目でようやく実家の写真館へ入る

 

 

 

 

 

 

 

当時29歳。写真館もフイルム時代から進歩してデジタル化が進んでいたのでそく、PCで修整することなどを父に教わりながら勉強の日々です。
最初はお客様に接することに少しビクビクしてました。自分が修行時代にやってきてできることを日々レベルアップさせ、ついに証明写真の撮影を任される日を迎えました。

飽きっぽい性格の私が今でも続けられているワケ、
それは・・・
責任が重くなり、任される仕事が増えて楽しくなってきたからです。
さらに日々勉強することでお客様にいいお写真を提供できるようになってきて、充実する日々を送れるようになったからです。

 

多くの転職経験は、将来の自分のための糧(かて)であり、己を知ることでした。

実家の写真館に入って14年が経ちます。
最近は【パンフレットや店頭ポスターの作成】【ホームページを見やすく充実させる】【ブログやSNSでの情報発信】・・・これらに力を注ぐ毎日です。

 

特にブログやSNSは日々欠かせない情報発信の道具であり、また、情報収集する道具になってますね。

伝えたい思いがたくさん溢れていて、会話のときにはスラスラ話すのに、文章として書き出す作業につまづきました。

『言葉で思いを伝えることの難しさ』・・・・ただいま文章力の無さを痛感しています。

パンフレットを作成してみても、これでお客様に伝わるのかがわからず、一人悩むことに。

誰か、アドバイスをしてくれる方がいないかなあと思案していたところ、2016年の6月に今のコンサルタントさんに出会います。

私のやりたい思いと、webやSNSのプロが出会ったことで、やれることが増え、もっともっとお客様にスタジオミナヨの存在をお伝えしていけるのが最近の楽しみです。
Facebookではお客様の反応もすぐこちらに伝わるので、お伝えしがいがあると感じている今日このごろです。

こんな かんじに生きてきた私。今はひとまずこのへんでいったん書くのをおしまいにします。

 

ただ、これからも追記は続けるのでこれからもスタジオミナヨのカメラマン、みきは前進し続けていきます。

みなさま、こんな私をこれからもどうぞよろしくお願いいたします。
 
  

投稿者プロフィール

みき
みきスタジオミナヨ代表 三代目の女性カメラマン
新宿区生まれ、文京区小石川で3人姉弟の長女として育ちました。
手に職をつけたいと思い、先代の父の紹介で入った代官山の写真有賀で修行後、実家のスタジオミナヨに入りました。
修行時代に身につけた【小さいこどもさんの笑顔を引き出すこと】【着付けができる】ことを得意としてます。
2013年、東京都写真館協会主催の写真コンテストで入賞し、それをきっかけに写真の奥深さを知り、さらに高みを望むようになりました。
今ではたんなる記録としての写真ではなく、その時・その人・そのご家族らしさが伝わるような写真を追求するようになりました。
カメラが携帯で気軽に撮れる時代ですが、誰が撮っても同じ写真では納得いかず。。
「私にしか撮れない表情・瞬間」を探しだし、毎回気持ちを込めてお撮りしてます。
2013年に第1子となる女の子を出産し、子育てしながら働いてます!

もっと詳しいプロフィールはこちら
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


トラックバック URL

https://sminayo.com/blog/archives/590/trackback

PAGE TOP